宇宙戦艦ヤマトに関する物理屋的つっこみ


大学院で宇宙物理を専攻した私だが,その背景としては昔夢中になった『宇宙戦艦ヤマト』があった.このページでは『ヤマト』を糸口として科学のさまざまな面を紹介していくことにする.

目次
ニュートリノビーム ―『宇宙戦艦ヤマト・完結編』
ハイペロン(重核子)爆弾 ―『ヤマトよ永遠に』
ガミラシリウムとイスカンダリウム ―『宇宙戦艦ヤマト・新たなる旅立ち』
コスモナイト ―『宇宙戦艦ヤマト』
アステロイド・ベルト ―『宇宙戦艦ヤマト・パート2』
惑星直列? ―『宇宙戦艦ヤマト』ほか
太陽系の果て ―『宇宙戦艦ヤマト』ほか
太陽系外惑星 ―『宇宙戦艦ヤマト・パート3』
放射能 ―『宇宙戦艦ヤマト・パート1』
放射能除去装置(コスモクリーナー) ―『宇宙戦艦ヤマト』
赤茶けた地球が青さを取り戻す ―『宇宙戦艦ヤマト』
人類滅亡まであと365日 ―『宇宙戦艦ヤマト』
現代物理学で初めて説明できる「右と左」 ―『ヤマトよ永遠に』
銀河の衝突 ―『宇宙戦艦ヤマト・完結編』
超新星 ―『宇宙戦艦ヤマト・パート3』
ダイヤモンド山 ―『宇宙戦艦ヤマト・パート1』
空中戦の力学
三段空母の実情
煙突の傾斜
大マゼラン星雲までの距離
大マゼランより近くの銀河
赤色巨星と赤色矮星 ―『宇宙戦艦ヤマト・パート1』と『宇宙戦艦ヤマト2199』
第十一番惑星 ―『宇宙戦艦ヤマト・パート2』
光速の99%での飛行 ―『宇宙戦艦ヤマト』
冥王星までの航海時間
ヤマト発進=エンジン始動?
パルサーとクエーサー ―『さらば宇宙戦艦ヤマト』
人間が生身で宇宙空間に出たらどうなる?

ニュートリノビーム ―『宇宙戦艦ヤマト・完結編』

小柴教授がニュートリノ研究でノーベル賞を受賞したことは記憶に新しい.地球でさえほとんど素通りしてしまうニュートリノを検出するため,地下の5万トンの水のタンクを備えた神岡のスーパーカミオカンデという巨大検出器でニュートリノの反応を検出するという大事業がこの快挙につながった.
なぜ水かというとそこは安価で扱いやすいという実用上の問題で,ニュートリノが直接相互作用するのは水分子の中の電子である.ニュートリノに散乱された電子が水中の光速より速い速度になるとチェレンコフ光(電磁波の衝撃波のようなもの)という光が発され,それを検出するのである.(SFファンは「光速より速い」と聞くと興奮してしまうが,「水中の光速」である点に注意.水は屈折率が1.333なので水中では光速が普通の1/1.333になってしまう.このため粒子が「水中の光速」より速く走ることは可能なのである.)
とにかく,ニュートリノというのはこれほどまでしてやっと検出できるくらい,とらえどころのない粒子である.そんなニュートリノをビーム兵器にしてしまったのが『宇宙戦艦ヤマト・完結編』だ.
都市要塞ウルクに接近したヤマトに向けてニュートリノビームが発射される.このビームが兵器として有効だったということは,たとえば太陽の発するニュートリノより桁違いに強力だったということになる(!).
ところで,現在,真剣にニュートリノビームをつくって発射しようとしている物理学者たちがいる.茨城県筑波のKEK(高エネルギー物理学研究所)でニュートリノのビームを作り,それを神岡に向けて発射するというものである.
もちろんこれは兵器ではない.反応率(素粒子物理学では「反応断面積」という)の低いニュートリノは地底を素通りしてスーパーカミオカンデに届く.もちろん,スーパーカミオカンデだってほとんど素通りしてしまうのだが,そこは5万トンもの水を集めているだけあって一部が反応を起こして観測される.
従来,観測するニュートリノというと太陽や大気中で自然に生成されたものだったが,このように人工的に性質の明らかなニュートリノビームを観測することによって謎の多いニュートリノについてより精密な調査ができるのである.このK2K(KEK to Kamioka)実験は1999年に初めて実際にニュートリノを検出することに成功した.


ハイペロン(重核子)爆弾 ―『ヤマトよ永遠に』

ハイペロン(重核子)とういのもれっきとした物理用語だ.世の中の物質を構成する普通の原子は陽子と中性子からなる原子核のまわりを電子が回るという構造をしているが,この陽子と中性子のことをまとめて核子(英語はnucleon)という.そして核子というのはアップ・クォーク(u),ダウン・クォーク(d)という2種類のクォークからできている.uudなら陽子でuddなら中性子である.
ところが世の中にはストレンジ・クォーク(s)というものがあって,このsを含むような核子の変種を重核子(英語でhyperon)というのである.
重核子爆弾というのはまだ実際には存在しないけれども,少し似た(???)ものに「重粒子線治療」というものがある.これは重粒子ビーム(重粒子は英語でいうとbaryonで,陽子・中性子・重核子などの総称)を癌に照射することによって癌組織をねらい打ちにするというもの.X線などの照射は表面から内側にいくに従って当然弱くなるが,粒子線の場合,一定の深さのところをねらい打ちできるということである.
現在利用されている重粒子は重核子ではなく,普通の陽子,中性子などだが,23世紀には重核子を癌細胞でなく人間を殺傷する兵器としての応用もでてくるかもしれない(???).
ところで,建物や人体に損傷なく人の命だけを奪うという重核子爆弾の性質は中性子爆弾を思い出させる.これは爆発規模は小さいながら,大量の放射線(中性子)を出して半径1000メートル以内の生物を殺傷するというものである.


ガミラシリウムとイスカンダリウム ―『宇宙戦艦ヤマト・新たなる旅立ち』

ガミラシリウムとイスカンダリウムは,ガミラス星とイスカンダル星にある元素として『新た』に出てくる.
物理を学びはじめた高校生のころは,それぞれ原子番号が120だとか130だとか勝手に設定して悦に入っていたものだ.しかし,大学で原子核物理を学ぶようになると,任意に番号を割り振るだけでは気がすまなくなってくる.原子番号(つまり陽子の数)が決まればその原子核の安定性なども議論できるのである.
基本的なところでは,陽子または中性子の数が 2, 8, 20, 28, 50, 82, 126 のいずれかであればその原子核が安定なことがわかっている.この数列は一見不規則に見えて魔法数と呼ばれているが,原子核の殻模型という理論を使って説明することができる.
こんな程度のことを学ぶと(大学3年くらい),ガミラシリウムは原子番号 126 だ,とか,イスカンダリウムは中性子数が魔法数になっていて安定なんだ,などと決めたくなるが,現在の宇宙物理学では残念ながらそうした大きな原子番号をもつ元素が天然に存在する可能性は低い.
ビッグバン宇宙論によって,宇宙誕生当時に高温ではばらばらだった核子から宇宙の進化につれてさまざまな元素がつくられていく元素合成のシナリオが明らかになってきているのである.それによると,宇宙誕生当時には水素(原子番号1),ヘリウム(原子番号2)といった軽い原子核ができ,恒星が誕生するとその内部の核融合反応で鉄(原子番号26)程度までの原子核が形成され,それより重い元素は超新星爆発の莫大なエネルギーの中でつくられる.
さらに,大マゼラン星雲は銀河の中でも重元素が少ないほうだそうで,ますますガミラシリウム,イスカンダリウムの出番は遠のきそうだ.
となるとあとは,あのサンザー(サレザー?)太陽系が普通の超新星をはるかに越える,特別大きなエネルギーにさらされた過去をもっているとでも考えれば説明できるかもしれない.だからこそ暗黒星団帝国ははるかかなたの銀河からわざわざガミラスくんだりまで採鉱に来たのだ…


コスモナイト ―『宇宙戦艦ヤマト』

高々100余りしかない元素に比べ,鉱物というのは断然種類が多い.国際鉱物学連合(IMA)が新たに発見された鉱物の審査・認定を行なっているが,その数は約4000にも上り,いまだ着実に増加しつつある.
ヤマトが土星の衛星タイタンで鉱物コスモナイトを採掘したことがあったが,これなら特に存在を否定する理由はない.もっとも,鉱物学の専門家が見ればまたそれなりのつっこみができるのかもしれないが.
ただし,人工的に作られる合金以上の性能の天然鉱物が存在するというのは,どうもありそうもない気はする.

語学的な側面についてコメントしておくと,ガミラシリウム,イスカンダリウムの -ium という語尾は「素」の意味で,元素名によく見られる語尾.新たに命名される元素名も -ium の語尾をもつ.つい最近も110番元素がダルムスタティウムと命名されたばかりだ.
一方,コスモナイトの -ite は鉱物名を作るときの語尾で,確か日本の地名に -ite がついたような鉱物もあったと思う.
なお,英語版のコミックでチェックしてみたら,コスモナイトは titanite(タイタナイト) と訳されていた.鉱物はしばしば発見地の名前が名称となるので,この点でもいかにもという感じがする.


アステロイド・ベルト ―『宇宙戦艦ヤマト・パート2』

パート1のアステロイドベルトは架空の十番惑星のなれのはてであるが,パート2でアンドロメダの追撃を振り切るときに利用した小惑星帯は火星と木星の間にある現実のものである.
しかし,小惑星帯というのはあれほど高密度で存在するものなのだろうか.小惑星の全質量を合わせても地球質量の1000分の1以下なのだそうである.
いったい小惑星の数というのはどれくらいなのだろうか.これまでに発見されているもので数万,軌道が確認されているものだけでも1万だが,これらはほとんどが直径1 km より大きなもの.ヤマトの追撃シーンに出てくる直径数メートル規模のものは含まれていない.実は 1 km 以下の小惑星となると,ようやく信頼できるデータが集まりだしたところらしい.(追記:『日本物理学会誌』2008年1月号p.91の解説によると直径1km以下の天体についてはハワイにある日本のすばる望遠鏡が初めて多数(約2000)の検出に成功し,サイズ分布を決定したとあり,下限300〜400mのものまで含めた相対サイズ分布のグラフが載っている.)
小さな小惑星の数というのは観測されたものから推計することになるのだが,検索エンジンでさがしてみてもその推計には実に幅がある.(「数百万個」という数字をしばしば見るが,どのくらい小さなものまでカウントした数字かどうかを示さないと意味がないと思う.)
ここでは,すばる望遠鏡による微小小惑星のサーベイ観測 で紹介されている公式を使って簡単な計算をしてみることにする.
それによると,直径 D 以上の小惑星の総数N(D) は次の式で表わされる.
N(D)=cD -b (c は比例定数)
指数 b は学者によっていろいろだが,このように小惑星のサイズ分布が冪乗則で表わされると仮定するのは一般的になっている.ここでは古典的な PLSサーベイ(1960)の b=1.75 を使うことにする.
アストロアーツ で紹介されている「直径1 km以上の小惑星が70万個」という値を利用すると,100 m 以上の小惑星は 101.75≒56倍で 4000 万個,10 m以上の小惑星はさらに 56 倍の 21 億個,1 m以上の小惑星となると 1200億個となる.
ここまで単純化した概算がどれほど有用かはともかく,ここで仮に1200億個の1 m の小惑星が軌道上に均等に並んでいるとしてその密度を見積もってみる.
ボーデの法則による軌道半径2.8天文単位(4.2億km)の半径の円軌道を仮定すると,円周の長さは 4.2億×2×3.14≒26億 km.1200億 をこれで割ると 1 km あたり 46 個,ヤマトの全長は約 1/4 km なのでヤマトの全長当たり平均11個強となる.もっと桁外れにすかすかかと思っていたが,これくらいなら若干密度が濃いところがあることを考えれば,『宇宙戦艦ヤマト・パート2』で描かれている情景もまあいい線だと思われる.


次に,上で用いた公式の「検算」を試みてみたい.まず,D=1 km で N=70万ということから,比例定数 c=70万である.次に公式を微分すると,
dN=−1.75×70万×D-2.75dD
となる.(高校数学だと微分というと dN/dD=… という形を考えるだろうが,物理数学では上記のように d... だけの形をよく使う.この dN というのは,「直径が D から D+dD の間の小惑星の総数」という意味だと考えればいい.下の囲み参照.)
この dN 個の小惑星の質量の合計は,小惑星の体積が (4π/3)×(D/2)3 であり,密度が普通の岩石程度を想定して 5 g/cm3=5×1012 kg/km3 と考えると,
dM=1.75×70万×5×1012×(4π/3)×(1/23D0.25
  ≒3×1018×D0.25
これを積分すると,
M(D)=3×1018×D1.25
この M(D) は直径が 0からD までの小惑星の全質量であり,小惑星の最大直径をD=100 km とすると,M=8×1020 kg となる.地球の質量は 5.974×1024 kg なので,冒頭に述べた「小惑星の全質量は地球質量の1000分の1以下」という陳述と一致する結果になっている.
(なお,上記では b=1.75 という値を用いたが,検索エンジンでさがすと b=2 とか b=3.5 といった数値を採用している学者もいる(たとえば Dohnanyi という学者は 3.5 を使っているそうだ).b が 2 を越えると,D〜0付近の小惑星の質量の寄与が発散してしまう.単にカットオフを設ける,ということでいいのだろうか.)

『ヤマト』を離れるが,ここで上記の「微分」について少し簡単な例で見てみたい.高校で数学が得意だった人が大学の物理数学で挫折する理由の一つがこのような「物理的な微分」にあると思うからである.
ご存じ,半径 r の球の体積は
V=(4π/3)r3
で与えられる.この式を微分すると,
dV=4πr2dr
となる.この 4πr2 というのはおなじみの球の表面積の公式だ.このことはどう考えればいいだろうか.
まず,上記の V の公式は「原点からの距離が r 以下の領域の体積」である.そして微分するというのはその変化率を求めることなので,dV の式は「原点からの距離が r から r+dr の間の球殻状の領域の体積」であると考えられる.それなら右辺が (球の表面積 4πr2)×(球殻の厚さ dr) となっているのも当たり前のことと言える.
先の小惑星のサイズ分布の式もそうだが,物理ではこのような微分式がよく使われる.たとえば,「原点から距離 r 以下の領域の質量」は,密度をρとして
∫ρdV=∫4πρr2dr
と書ける.積分を実行するともちろん,
V=(4πρ/3)r3
となる.これだけなら簡単なことをわざわざ難しくやっていると言われそうだが,微分形の強みは,密度ρが r に依存して変化しても使えるということである.
∫ρ(r) dV=∫4πρ(r) r2dr
このように,微分形の式なら密度が一様でない場合にも公式を簡単に拡張することができるのである.



1 m以上の小惑星に着目すると,『ヤマト』で描かれているアステロイド・ベルトの密度もそれほど非現実的なレベルではないように思えてきたが,話はこれで終わりではない.1 mより小さな小惑星(…というより,ここまでくるともう岩というべきかもしれない)は無視していいかというと,宇宙空間ではそうもいかない.
現在すでに,地球の衛星軌道上では人工衛星の破片などのごみ(スペースデブリ)が衛星に与える被害が真剣に問題視されている.
小さくても,デブリが人工衛星に衝突するときの速度は秒速 10 km 程度にもなる.弾丸の速度が秒速数 100 m のオーダーであることを考えると,1 cm 大であっても弾丸よりはるかに大きな破壊力をもっていることがわかる.今検索エンジンで調べてみると,具体的には
・10 mg以上の粒子なら人工物に損傷を与える
・1 gの物体でも厚さ 2 cm のアルミ板を貫通できる
・宇宙ステーションの構造材が深刻なダメージを受けずにすむ大きさは 1 cm が限度
ほどの威力だという.
NORAD (北米防空総司令部) ではこのようなデブリを登録して追跡しているが,その数は9000にも及び,着実に増え続けている.しかも,こうして登録されるのは軌道がわかるものだけなので,大きさ 10 cm 以下のものは含まれない.1 mm 程度のものまで入れるとその数は数百万個になるという(前記の小惑星の「公式」では大きさが 100 分の 1になると数が562≒3000倍になったので,この数百万という数字も決して誇張ではないと思われる).
さて,アステロイドベルトだが,上で扱った 1 m よりも小さい岩屑がこの調子で増えているとすると,やはり非常な難所ということになる.ヤマトも二次元的思考から脱してアステロイドベルトを回避することを考えるべきだろう.


2013年8月追記:この問題はSF界では定番らしく,ヤマトには言及はないが,大昔のアニメ雑誌『アニメック』1984年11月号p.138-139の志水一夫「間違いだらけの“アステロイド”」でも扱われていた.それによると,「宇宙の難所」としてのアステロイドベルトの描写はエドモンド・ハミルトンのキャプテン・フューチャー・シリーズの『謎の宇宙船強盗団』(ハヤカワ文庫)やアシモフのデビュー作「真空漂流」にも出てくるそうだが,アシモフは「トロイの墓場(The Trojan Hearse)」というエッセイでそのような描写を否定しているという.アシモフは小惑星の数を20万個として平均間隔を1000万マイル(約1600万キロ),比較的密集したところでも100万マイル(約160万キロ)とした.志水氏は小惑星の数を100兆個として計算しなおして約3400キロとしている.(私の上記の試算より小惑星の数が多いのに間隔が広いのは,私は円軌道上に均等に並んでいるという一次元的な仮定をしたのに対し,三次元的な分布をベースとして計算したからだろう.)


惑星直列? ―『宇宙戦艦ヤマト』ほか

『宇宙戦艦ヤマト・パート1』では,地球を飛び立ったヤマトは火星,木星,土星(タイタン),冥王星と進んで太陽系外に出る.なぜかヤマトが旅立つときには惑星を順番にめぐっていくが,あたかも惑星が一直線上に並んでいるかのようである.
昔惑星の軌道位置を計算したことがあるが(←大げさなものではなく,単に公転周期から角位置を割り出すだけの計算),2199年ごろの惑星配列はそのようなものではなかった.
それをいうなら惑星探査機ボイジャー2号も10年がかりで木星,土星,天王星,海王星と惑星を順にめぐっていったが,このときは外惑星がかなり一方向に集まっていたのが幸いした感がある(ボイジャーの軌道は Exploring the Planets - Voyager で見られる).
ただし,宇宙探査機の進路などを見ていると,単純に直進するだけが能ではないことがわかる.惑星の重力を利用して加速するスイングバイを行なうことで,距離的には遠回りになっても時間を節約できる.もしかしたらヤマトの航路もそんな計算に基づいていたのかもしれない.


太陽系の果て ―『宇宙戦艦ヤマト』ほか

ボイジャーに関連して,つい先日(2003年11月),ボイジャー2号が太陽系の果てに到達しつつあるとの報道があった.太陽系の果てというと,冥王星軌道とかカイパーベルトあたりを想像してしまうが,もう少し物理的な「果て」があるそうだ.
Voyager に図入りで説明されているが,太陽から距離85±5天文単位のところに(冥王星の遠日点で49.4天文単位)にまず末端衝撃波面(termination shock)というものがある.これは太陽から放出される荷電粒子の流れである太陽風が恒星間風にぶつかって,時速100万キロオーダーの超音速から1/4に減速される部分である.このたびボイジャー2号がさしかかっているのは,この末端衝撃波面とのことである.
末端衝撃波面を越えると太陽風と太陽磁場の影響が弱くなっていくが,それでもこれらの影響が優勢である領域は太陽鞘(heliosheath)と呼ばれる.これが恒星間風優勢に取って代わられる界面が太陽圏界面(heliopause)で,太陽から120〜220 億キロの距離にあるとされる.この内部が太陽圏(heliosphere)で,物理的な太陽系の範囲と言える.


太陽系外惑星 ―『宇宙戦艦ヤマト・パート3』

『宇宙戦艦ヤマト・パート3』では,太陽系から2番目に近い恒星であるバーナード星に地球型惑星があって,人類の入植者がいる(なぜかアメリカ開拓時代風).
実はこのバーナード星は長年,太陽系外で惑星をもつものと考えられていた時期があった.20世紀初頭からなかばにかけての十数年の観測によって,バンデカンプがバーナード星に木星クラスの惑星が2つ存在することを発表していた(P. van de Kamp, Astron. J. 74 (1969) 238).しかし,この結果は,別の観測によって否定されてしまった.
ひところは系外惑星の発見には悲観的な見方が支配的になったが,1995年に51 Pegという恒星のまわりを木星質量の半分の惑星が4日で一周という高速で公転しているという驚くべき形で最初の系外惑星発見が報告された(G. Mayer and D. Queloz: Nature 378 (1995) 355)(2019年のノーベル物理学賞受賞).2007年現在では系外惑星は250個発見されている.


放射能 ―『宇宙戦艦ヤマト・パート1』

『宇宙戦艦ヤマト・パート1』では放射能が重要な役割を果たしているが,そのわりに放射能というものについて根本的な認識がずれているのが惜しまれる.
最終回でデスラー艦がヤマトにつっこんで放射能を送り込んだが,その放射能が赤褐色のガスだったのに驚いた.
『ヤマト』に限らず,「放射能」という言葉はあいまいに拡張して使われているので確認しておくことにする.
まず,わかりやすい放射線について説明しておくと,これはアルファ線(ヘリウム原子核と同じ),ベータ線(電子線),ガンマ線(X線より波長の短い電磁波)の3種類がある.原子核の中には,そのままでは不安定で,こうした放射線を出して崩壊する(=別の原子核に変化する)ものがあるが,そのような「放射線を出す能力」が放射能なのである.
ある物質について「放射能を帯びている」「放射能がある」と言えば,それはその物質が「一定の割合で放射線を発している」ことを表わしている.一方,「放射能漏れ」といった場合には実際には「放射線が漏れた」「放射能を帯びた物質が漏れた」ことを指している.(放射能はもちろん,放射線も目に見えないことに注意.)
放射線の問題は,なんといってもエネルギーが高いことである.溶鉱炉だとか溶接だとかで1000度,1万度といった温度は現実世界でもめずらしいものではないが,これほどの高温でも原子核を変化させる力はない.放射線はその原子核を変化させるほどのエネルギーをもっているのである.
だから,放射線は人体にとっては毒ガスなどとはレベルの異なる危険性をもっている.化学的な毒というのは体の機構のどこかに作用するものだが,放射線はどこといわず,細胞を構成する分子そのものを物理的に破壊してしまうのである.
さらに,放射線を浴びた物質の原子核が不安定な原子核に変化することで,放射能を浴びた物質自身が放射能を帯びるという問題もある.
さて,『ヤマト』の最終回で「放射能」が目に見える点については,放射性の原子核をもつガスを送り込んだと解釈することもできるが,「放射能」を浴びてあれほどけろりとしていられるはずがない(放射能除去装置は身体まで治してくれるのか?).今,英語版のコミックを確認してみたら,そこには radioactive sleeping gas (放射性催眠ガス)と書いてあった.翻訳者の苦労がうかがえる.
また,『ヤマト』関連の一部の資料ではガミラス星人は放射能の中でなければ生きられないという設定があったと思う.化学物質であれば,ある生物にとっての毒が別の生物にとって必要だということもあるかもしれない.しかし,上述のように「放射能」というのはあらゆる物質を原子核レベルで変成させる力をもっているので,どのような生物であろうと害を受けるはずなのである.

放射能除去装置(コスモクリーナー) ―『宇宙戦艦ヤマト』

(2019年6月)『宇宙戦艦ヤマト』パート1ではイスカンダルから放射能除去装置「コスモクリーナーD」が提供され,それにより遊星爆弾で放射能汚染された地球が元の青さを取り戻す.(放射能除去と地球の青さは別の話なのだが,それは別項で.)放射能汚染というのは2011年の東日本大震災に伴う東電の原発事故で日本人には身近なものになってしまった.現実に広い地域が放射能で汚染され,多くの人が避難を強いられ,いまだ帰還できていない人も多い.
前項では物理的な「放射能」について講釈した私だが,原発事故まで「除染」(ウィキペディア)というものの実態が全くわかっていなかった.現実の放射能除去は,土の表層をはぎ取るだとか,屋根に付着した土を除去して高圧洗浄するといったどろくさい地道な作業なのだ.
被災地からの避難家庭の子供が「放射能がうつる」といって差別された,という問題があった.「放射能がうつる」というのは科学的にありえないことなのだが,現実の放射能汚染を担っているのが微細な土の粒子などであることを考えると,「土が付着する」というのと同じレベルで放射能を心配する気持ちもわからないではない.そういう差別的言動を「非科学的」と切り捨てるだけではなく,不安をわかったうえで,その影響は安全基準や自然放射線レベルよりはるかに低いことを説明する必要があるだろう.
別のテレビアニメ『1000年女王』の津波のシーンもそうなのだが,災害が身近な経験となると,安易なSFの設定は説得力を失ってしまう.リメイクの『宇宙戦艦ヤマト2199』は2011年春に正式にゴーサインが出て2012年から公開開始となったものだが,ウィキペディアを見る限り現実の放射能汚染を考慮して設定を変更したというような記述はみあたらない.だがやはり「放射能除去」で地球復興はあまりにご都合主義と思われたのだろう.結果的には「放射能除去装置」も「コスモリバースシステム」というもっと大規模な設定になり,「放射能汚染」はあまり強調されないものとなっている.

赤茶けた地球が青さを取り戻す ―『宇宙戦艦ヤマト』

(2019年6月)『宇宙戦艦ヤマト』パート1の最終話では,イスカンダルから持ち帰った放射能除去装置のおかげで,海水が干上がって赤茶けた地球が青さを取り戻すカットがある.あれは象徴的な場面であったとしても,続編を見ると数年後に海が復活しているのは間違いない.だが科学的に,そんな短時間で海ができないことは明らかだ.
そもそも今ある海ができるのにどのくらいかかったのだろう.46億年前に地球ができたあと,冷却が進むと大気中の水蒸気が凝結して雨となり,43億年前には海ができていたようだ.海の形成にかかった時間について,ネット検索では案外数字が見当たらないが,日本語ページで時々引用されている日本海事広報協会のサイトによれば,年間雨量が10mを超える大雨が1000年近く続いて原始海洋ができたという.年間10mは24時間雨量約27mmに相当するのでかなりの豪雨になるが(日本の年間降水量は約1700mm),1000年だと単純計算で水深10000mになる.現在の海の平均水深が3000〜6000mくらいだというから,そんなものかな,という気はする.
海水が干上がったとしても水蒸気は大気中にあるはずで,雲も雨もほとんどないという「赤茶けた地球」はありうるのだろうかという疑問もある.温度が高ければ水は気体の水蒸気として安定だが,地球大気にそんな大量に水蒸気が存在していられるのだろうか.それに紫外線で水分子が分解されてしまったら海の再生もおぼつかなくなる.
そもそも遊星爆弾の爆撃で海が干上がるというのはどうだろうか.地球史上では43億(または44億)年前に海はできたものの,その後「後期重爆撃期」という微惑星が頻繁に地球に衝突した時期があり,その間に海は何度も蒸発したのだそうだ.そして安定的に海が存在できるようになったのは約38億年前だという(JAMSTEC).ただ,衝突した微惑星というのは数キロメートルほどの大きさであり,また衝突する数も蒸発にかかる時間も『ヤマト』で描かれる遊星爆弾とは比べ物にならないほど大スケールであって,本当にそんな「爆撃」があったら海が干上がる前に気候変動で人間が住める環境ではなくなるだろう.

人類滅亡まであと365日 ―『宇宙戦艦ヤマト』

(2019年6月)『宇宙戦艦ヤマト』パート1では,ヤマトがイスカンダルに向けて旅立つ時点で人類滅亡までのあと「1年」と期限が切られ,回が進むごとに「人類滅亡まであと××日」とカウントダウンして見る者をはらはらさせた.だが1年後の「人類滅亡」って何だろうと子供ながらに思っていた.
「××日」という精度で予想できるはずがないことはさておくとして,1年後に人類の最後の一人が死ぬとしたら,その直前にヤマトが帰ってきてもどうにもならないはず.最近話題の「絶滅危惧種」にそのへんの基準があるかと思ったが,そういうものではないようだ.
何らかの意味で,「ここまで人数が減ってしまってはヒトとしての種の存続ができない」レベルにまで人口が減ってしまうことを「人類滅亡」と称していたのだろう.だとすると,「最小存続可能個体数」(ウィキペディア)を下回ってしまうということだろうか.だがそれにしてもその近くまで減ってからコスモクリーナーが到着しても「滅亡」こそしないものの,ハッピーエンドとはとてもいえない気がする.
リメイクの『宇宙戦艦ヤマト2199』ではさすがに「1年」を強調する演出はされていなかった.

追記:コバルト文庫の『宇宙戦艦ヤマト』などでは,放射能が徐々に地下にしみこんでいって地下都市にも住めなくなるまで1年という流れだった.物質の移動を介してではなく,純粋な放射能が地下に拡散していく過程は現実にはそんなに速くないと思う.

現代物理学で初めて説明できる「右と左」 ―『ヤマトよ永遠に』

『ヤマトよ永遠に』の暗黒星団帝国は地球の末裔を名乗ったが,ロダンの「考える人」の左右が異なっていたことで馬脚を現わした.実はこの「右と左」を非経験的に説明するのは,現代物理学の知見を用いて初めて可能になるのである.
たとえば「右」を「北を向いたときの東」と説明するのは,「北」「東」を知らなければならない.これは太陽の昇る方向,すなわち地球という環境に固有な情報を用いており,普遍的な定義とはなり得ない.
ここで,電磁気のフレミングの法則や右ねじの法則を思い出した人もいるだろう.環電流を流して上向きに磁力線を発生させたとき,環の手前側の電流の流れる向きが右であると.しかし,「磁力線」の向きというのはそもそも「地球の北極を向く磁極をN極とする」ところを出発点にして決められているので,実はこれも地球固有の話でしかないのである.
右と左を非経験的に定義できるか,という問題は,実は左右に関して非対称な物理現象(パリティーの破れ)が存在するか,という現代物理学の大きな問題だったのである.一方これは,宇宙のかなたの異星人に信号のやりとりだけで「右と左」を説明できるかどうか,という問題として議論され,地球外生命体からの電波信号をさがすオズマ計画にちなんで「オズマ問題」と呼ばれることもある.
デジタル時代の今,動画データでさえも簡単にやりとりしていると,「こっちが右だよ」と説明した画像を送ってしまえばすむという声も出るかもしれない.動画だろうと何だろうと,しょせんは0と1のデータとして送ることができるのだ.しかし,これもあらかじめ右と左を定義しておかなければ,受信側は右と左を反対に再生する可能性だってあるのである.
パリティーの破れが存在するかどうかという問題は,1950年代に解決された.コバルト60のベータ崩壊という現象を使えば右と左を区別することができることがわかったのである.
コバルト60というのは金属元素コバルトの不安定な同位体で,ベータ崩壊を起こしてニッケルに変化する.その際,電子を放出するのだが,コバルト原子核のスピンの向きと反対側に電子が放出されやすいという性質がある(パリティーの破れ).スピンの向きというのは,原子核の帯びている磁気のN極方向のことであるから,コバルト60のベータ崩壊の際に電子がどちら側に多く放出されるかを観測すれば,「N極」ひいては「右と左」を非経験的に定義することができることになる.
きっと,暗黒星団帝国の情報員は自分で地球まで行かず,通信だけで情報を仕入れていて,左右の確認を怠ったのだろう.

銀河の衝突 ―『宇宙戦艦ヤマト・完結編』

『宇宙戦艦ヤマト・完結編』では銀河系の核部分に別の銀河が衝突し,ガルマン帝国が壊滅する.途方もなく壮大な話に聞こえるが,実は銀河の衝突というのは宇宙の歴史の中では日常茶飯事である.
銀河系には2000億の恒星があるが,このような銀河そのものが宇宙にはたくさんある.古典的なNGCカタログに記載にも数千の銀河が記載されており,何十億光年かなたまで観測できるようになった今,1000の銀河からなるような銀河団が1万以上もみつかっている.
そして銀河の衝突というのは宇宙物理学者の関心の一つである.宇宙の進化を研究する一つの有力な手段が「銀河の数を数える」というものなのである.
銀河がまんべんなく分布しているとすると,観測する領域を広げればそれに比例して銀河の数も増える.ところが,10億光年かなたというのは実は10億年前の姿を見ていることになる.遠方の銀河の数がどのように増えていくかを調べることで,宇宙の過去の膨張のようすがわかるのである.
そうした研究を通じて,銀河がそれぞれ孤立して進化しているのではなく,しばしば衝突・合体していると考えられるようになってきた.この銀河の合体が銀河計数の解釈上重要であることは言うまでもない.
そして今では実際に衝突しつつある銀河の写真も撮影されている.
Freewheeling Galaxies Collide in a Blaze of Star Birth …NGC1275
Galaxy …NGC2207, NGC4650
などである.また衝突の様子をコンピューターでシミュレーションする研究もさかんである.銀河の「衝突」でおもしろいのは,実際に個々の星どうしがぶつかるわけでないこと.衝突する銀河は互いに重力によって相手に影響を及ぼし,それぞれが形を変え,あるいは合体するのである.
さらに,銀河の衝突は過去のものだけではない.銀河系そのものも近隣の小銀河を引き込んでいるとの観測もある.
ただし,いずれにせよ,銀河どうしの衝突は何億年もかけて起こるものであり,ある日突然,衝突したりすることはない.


超新星 ―『宇宙戦艦ヤマト・パート3』

『宇宙戦艦ヤマト・パート3』ではガルマン帝国の放ったプロトンミサイルの流れ弾(←どうやらワープ機能も持っているようだ)が太陽につっこみ,太陽の核融合反応が加速してしまう.1年で人類は地球に住めなくなり,その後太陽は超巨星となり超新星爆発を起こすとされた.
恒星の進化については詳しく研究されている.まず,水素を主体とする星間ガスからできた星が収縮して中心部の圧力・温度が十分高まると,水素の燃焼(←実際には核融合だが,「燃焼」というのが天文学の慣用)が始まる.水素がヘリウムに変わってしまうと,中心圧力が低下して星は収縮するが,収縮が進んでまた十分高温・高圧になれば今度はヘリウムが点火される.ヘリウムを使い尽くした星は今度は炭素,炭素燃焼が終わったら酸素・ネオンの燃焼段階,その次はケイ素の燃焼段階へと進む.最後には恒星の中心部には鉄ができるが,この鉄はあらゆる原子核の中で最も安定なものであり,鉄が燃焼することはない.この段階で収縮が起こると,もはや核融合反応は起こらず,きっかけがあれば急激に収縮を起こす.これが重力崩壊である.
ただし,ここで述べた経過を最後までたどる星は太陽の約13倍以上の質量の星に限られる.各段階で収縮を起こした際,中心の温度・圧力が十分に上がらなければ,その次の段階には進めないのである.
太陽質量の13倍以上の星で重力崩壊が起こると,原子核どうしがくっついて押しつぶされていく.中心部が巨大な一つの原子核のようになると,急激に硬くなり,落下してくる層をはね返す.これが重力崩壊型超新星爆発である.太陽質量の8〜13倍程度の星は鉄コア形成には至らないが,同じような機構で重力崩壊型の超新星になりうる.
それ以下の星は,重力崩壊を起こすことなく,白色矮星となって静かにその生涯を終える.もっとも,白色矮星が安定して存在できるのは太陽質量の約1.46倍(チャンドラセカール質量)が限度であり,白色矮星に外部(伴星など)からガスが降り積もってこの質量を超えると,爆発的な核反応が起こり,核燃焼暴走型の超新星になる.
太陽の場合,重力崩壊を起こす質量には遠く及ばず,白色矮星になって落ちつくものと思われる.そしてガスを補給する伴星もないので,核燃焼暴走型の超新星になるとも思えない.


ダイヤモンド山 ―『宇宙戦艦ヤマト・パート1』

(2013年11月追記)パート1ではイスカンダルにダイヤモンドでできた山だか島だかが出てきた.かなり荒唐無稽な設定だと思っていたが,天文学上では炭素惑星ないしダイヤモンド惑星と呼ばれる存在は真剣に語られているらしい.Wikipediaによれば,炭素が多く酸素が少ない環境で生まれた惑星は二酸化ケイ素(平たく言うと「岩石」)を主体とする太陽系の惑星とは異なり,地殻が黒鉛やダイヤモンドでできている可能性があるという.2012年に55 Cancri eという惑星をダイヤモンド惑星とした発表には異論も出ているらしいが(参考),今後発見される可能性は残っている.


空中戦の力学

(2013年12月追記)ヤマトに限らずアニメで空中戦というと,主人公が巧みな操縦桿さばきでひらりと機体を翻らせて敵機を撃墜するというイメージだが,現代の空中戦はそんなものではないということを赤塚聡『ドッグファイトの科学』(2012)で知った.
第二次大戦時代のゼロ戦が得意とした木の葉落としのような例はあるが,高速飛行する戦闘機は一般には慣性のためそんな急激な動きができるものではない.敵に後を取られた場合の防衛行動の基本になる「ブレイク・ターン」も(パイロットや機体が耐えられる)最大Gでの旋回が基本だが,アニメのような俊敏な動きではないようだ.しかも,アニメでは急減速して一気に後を取るシーンなどもあると思うが,これも慣性のためそんな芸当はできないし,そもそも空中戦では敵機より少しでも速度が速いことが重要なので,エネルギーを失う減速は戦術としてはうまくないという.
むろん,敵機のほうが遅い場合には減速したほうが攻撃しやすいケースもあるのだが,そういう場合はブレーキではなく,高度を上げてそのぶん速度を落とし上方から狙うような動きをするのだという.物理でいうと,運動エネルギーを位置エネルギーに変換して蓄えていることに相当する.こうしておけば,速度が必要なときには降下することにより容易に速度を上げることができる(位置エネルギー→運動エネルギーの変換).
戦術そのものも時代とともに変化する.先ほどのブレイク・ターンにしても,かつては下方へのターンが基本だったが,エンジンパワーが増した現在では上方・下方にかかわりなく相手の方向めがけてターンするのが有効とされているという.
宇宙空間での戦闘となると,重力がないことと速度がおそらく桁違いであることなどの基本的相違があるので,おのずと戦術も変わってくるだろう.(さらにヤマトでは(少なくとも大型艦では)重力制御ができるらしいので,慣性も克服する技術があるかもしれない!?)
やぼを承知でさらに言うと,現在では機銃ではなく,目視できるはるかかなたからレーダーで敵を探知してミサイル攻撃するというのが主たる戦術だという.そもそも,戦闘機にしても艦船にしても実際にはアニメで描かれるよりもはるかに互いの距離が離れていて,リアリズムを追求するととても絵にならないだろう.


三段空母の実情

(2014年2月)物理からは離れるが,現実にあった三段空母の実情について,大内建二『航空母艦「赤城」「加賀」』(光人社NF文庫)p.78-89で知ったことを書いておきたい. 太平洋戦争中の軍艦の模型に夢中になった世代であれば,三段空母と聞いて日本の空母「赤城」「加賀」の初期の形を思い出すはず.だが私は三段式の飛行甲板の意味については本書で初めて知った(プラモの解説に書いてあったのかもしれないが,覚えていない←と書いてから,赤城・加賀は作っていなかったことを思い出した).
多段式の最大の理由は着艦と発艦を同時に行なうこと.最上段のいちばん長い飛行甲板は着艦用.一方,二段目の飛行甲板は戦闘機の発艦用,もう少し長い三段目の飛行甲板は重い攻撃機などの発艦用に考案された.当時の飛行機は軽かったので比較的短い距離で発艦できたが,その一方で有効な着艦制動機構が開発されていなくて,着艦には長い距離が必要だったのである.また,格納庫からエレベーターを使わず発艦できるという利点もあるはずだった.
だが,二段目の飛行甲板は竣工前に使用中止が決まってしまった.左右に装備されている20センチ主砲の間(12.5m)を通り抜けていく形になるのだが,全幅8.5mの戦闘機でも滑走中に左右にぶれることを考えると危険が大きかった上,気流の問題もあったらしい. 三段目の飛行甲板も新たに登場した攻撃機の重量では発艦不可能になり,1930年には使用中止になった.
結局,その後の大改装で一段飛行甲板となって太平洋戦争に臨むのである. 多段式空母ということでは,イギリスのフューリアスに先例があるというが,こちらは二段式だった.赤城・加賀はフューリアスより全長が長いので三段にできたのだという.

なお,発艦の話が出たついでに書いておくと,無重力の宇宙では発艦のために滑走は必要ない.『宇宙戦艦ヤマト2199』ではヤマトの艦載機の発艦が,旧作のハッチではなく,無重力を前提とした構成のものになっていた(大気圏内でも使えるのだろうか?).同じロジックで考えるなら三段空母の飛行甲板は意味がなくなってしまうのだが,さすがに三段空母の基本的デザインは踏襲されていた.


煙突の傾斜

(2014年4月)脱線ついでに,当たり前のように見ているヤマトの後に傾斜した煙突だが,戦艦大和のそのようなデザインは排気や熱気が艦橋に及ぶのを防ぐためのものだった(Wikipedia).大和以前の陸奥では,建艦当初は直立型の煙突であったが,高速走行時に煙突からの煙が逆流して艦橋に吹き込んだり視界を曇らせたりするため苦情が出て,後方に屈曲したデザインに改装し,その後曲げた煙突は各艦に採用されるようになったという(吉村昭『陸奥爆沈』新潮文庫版p.35-36).
造波抵抗を減らすための船首のバルバス・バウ(船首下部の丸く突き出た部分)といい,艦船の形状にはいちいち工学的な理由がある.


大マゼラン星雲までの距離

(2013年12月追記;2014年1月補足)往年のヤマトファンにとってはイスカンダルまでの距離「14万8千光年」は強くインプットされているので,新作『ヤマト2199』で「16万8千光年」となっているのを聞いて違和感を覚えたはずだ.天文学上の研究の進展によるのだろうが,そもそも大マゼラン星雲(「星雲」というのは銀河系内の星雲と系外銀河が区別されていなかった時代の用語なので,「大マゼラン銀河」というほうが正確)までの距離はどうやって測るのだろう.
天文学的な距離で最も確実なのは幾何学的な方法――三角測量である.離れた2地点(地球の公転軌道の反対側の2点)から同じ天体を観測して視線の角度差(「年周視差」)を測定すれば距離がわかる.だがあまりに遠方だと視差が小さすぎて測定できず,伝統的な方法では100パーセク(1パーセクは3.26光年)程度,観測衛星ヒッパルコスを使っても1000パーセク(3260光年)程度が限界になる.
それより遠方の天体となると,何らかの間接的な方法を使うのだが,典型的なのは絶対光度がわかっている天体(「標準光源」という)のみかけの明るさから距離を逆算するという方法.たとえばケフェイド型変光星はその変光周期から最大光度を決定できるので,標準光源として利用できる.また,Ia型超新星というのも同じくらいの質量の星が爆発を起こすため光度が一定していると考えられ,標準光源として利用されている.
プレプリントPanagia (2003), "A Geometric Determination of the Distance to SN 1987A and the LMC" (arxiv.org)は大マゼラン星雲内で1987年に観測された超新星SN1987Aの周囲にできたリング(紫外線により電離したイオンで光っている)の絶対的な大きさが(はしょってごく大雑把に言うと)紫外線発光時間×光速から導出できることに着目して,幾何学的な方法で大マゼラン星雲までの距離を約16万8000光年と算出している(正確にはSN1987Aまでの距離が51.4kpc=167564光年;大マゼラン星雲の重心までの距離が51.7kpc=168542光年;いずれも誤差が2%くらいある).
ただし,Wikipediaなどが採用しているケフェイド型変光星に基づく2006年の数値は15万7000光年(48kpc),2013年に食連星を使って観測した数値は16万3000光年となっており(参考),ばらつきが大きい.専門家の目を通ったものとして国立天文台『理科年表』の1990, 1994, 2002-2013年版ではいずれも「近年の決定値の平均的な値」として16万光年を採用し,誤差は15%程度としている.


大マゼランより近くの銀河

(2015年1月)大マゼラン,小マゼランというと銀河系のお隣の銀河として知られているが,実はもっと近い銀河がここ20年ほどでいくつかみつかっていることを半田利弘『宇宙戦艦ヤマト2199でわかる天文学』p.143で知った.
検索エンジンで調べてみると,現在我々から最も近いところにいる銀河は「おおいぬ座矮小銀河」というもので,2003年に発見されたものだという.そんな近くにあって今までなぜ発見されなかったのかと思いたくなるが,銀河系の200分の1程度でしかないほか,おおいぬ座が天の川と重なる方向である(星座早見盤などでわかる)ため.銀河面の星間塵や前景にある他の星の影響で観測が難しいという事情があったようだ.それが21世紀になって発見されたのは,2MASS(Wikipedia)という北半球・南半球の天文台で実施された大規模な全天観測(1997-2001)のデータが公開されたのを利用して,特定のスペクトルの星を距離範囲ごとに分類して作製した分布図を解析したことによるという.このおおいぬ座矮小銀河は太陽系からは約2万5000光年,銀河系中心からは約4万2000光年の位置にある.
二番目に近いのは「いて座矮小楕円銀河」で,こちらは直径は銀河系の10分の1,質量は1000分の1程度で,太陽系からは約7万光年の距離にある.そこそこの大きさではあるのだが,いて座は地球からはまさに銀河中心の方向であり,1994年になって発見された.
そして三番目,四番目が「おおぐま座矮小銀河II」(太陽系から約10万光年)と「かみのけ座矮小銀河」(太陽系から約14万光年)でいずれも2006年に発見された. この次が大マゼラン,小マゼランとなる.
ただし,銀河系の近くの矮小銀河は現在でも発見され続けているという(Wikipedia).


赤色巨星と赤色矮星 ―『宇宙戦艦ヤマト・パート1』と『宇宙戦艦ヤマト2199』

(2015年1月)『パート1』ではガス生命体に追われたヤマトが活を求めるのはオリオン座のアルファ星ベテルギウスだった.これは地球から約642光年の距離にある赤色超巨星である.(「ベータ星」とする資料もあったように思うが,それだと青色超巨星リゲルなので絵と合わない.)このたび半田利弘『宇宙戦艦ヤマト2199でわかる天文学』p.83で指摘されているのを見てはっとしたのだが,赤色巨星のように膨張した星は密度が小さくなり,特に外層部では地球大気よりはるかに薄くなるので,宇宙船で赤色巨星の内部に突入しても窓の景色からは気づかないかもしれないほどだという.(ベテルギウスの場合,半径が太陽の1000倍,質量が20倍なので平均密度は太陽の5000万分の1.)それにそもそもベテルギウスは現在きわめて不安定な状態であることがはっきりしており,近い将来(…というのは天文学では100万年後くらいも含む)超新星爆発を起こすと予想されている(Wikipedia).
このためか,『2199』ではアルファ星ではなく「グリーゼ581」という赤色矮星(Wikipedia)に変わっていた.これはドイツの天文学者ヴィルヘルム・グリーゼが編纂した地球から20パーセク(約65光年)以内の恒星956を収めたカタログに収録されている581番目の恒星である.地球からの距離も約20光年なので,『2199』で冥王星決戦の最終決着をつける場としてもほどよい近さだったといえる.


第十一番惑星 ―『宇宙戦艦ヤマト・パート2』

(2015年1月)『ヤマト』では第十番惑星のなれのはてがアステロイドベルトになっており,その外側にさらに第十一番惑星という惑星があって,基地まであるという設定になっていた.(2006年に準惑星に格下げされた冥王星が当時は第九番惑星であった.)
冥王星クラスの天体はいろいろみつかっているものの,「惑星」といえるもの(軌道周辺でオンリーワンである必要がある)が新たにみつかる可能性は低い.
だが物理屋としては,そもそも「冥王星の外側にさらに惑星」が考えられたいきさつが非常に興味深い.
古代から知られていた惑星は水星・金星・火星・木星・土星までだが,次の天王星は18世紀になって発見された.
だが観測された軌道に計算からのずれがあり,軌道に影響を及ぼしている未知の惑星があると考えられた.天王星の軌道のぶれから未知の惑星の予想軌道が計算され,それに基づいて探索したところ,見事に海王星の発見となった(1846年).
だがそれでも観測された軌道には計算からのずれが残り,さらなる惑星が存在すると予言された.紆余曲折の末,1930年になって,一年にわたって写真に写った200万近い星から動きのある惑星を探索した結果,もともと予言されていた位置の近くに冥王星が発見された(1930年).一度ならず二度までも,力学的な軌道計算に基づいて新惑星が正しく予言された――と当時は思われた.
だが冥王星は15等星と暗かった.当初は重力効果を及ぼすに十分な地球程度の質量はあるのに反射率が低いのだと考えられたが,その後,観測が進むにつれて冥王星の質量は相次いで下方修正され,1978年6月にその衛星カロンが発見されると冥王星の質量は地球の500分の1でしかないことが確定的になった.これでは天王星の軌道のぶれを説明するに不十分なので,さらなる第十惑星の探索が進められた(『さらば宇宙戦艦ヤマト』の劇場公開が1978年8月,『パート2』の放映が同年10月からなので,天文学界でのこの潮流を受けての設定というわけではないようだ).だが,1993年,ボイジャー2号の海王星のフライバイのデータの解析によって海王星の質量が見直され,それで天王星の軌道のぶれが説明できることが判明すると,第十惑星の探索は下火になった.
2014年には,仮に土星サイズの天体だとしたら1万天文単位以内には存在しないという定量的な評価もされた.もっと小さい惑星なら排除されてはいないが,少なくとも既知の惑星の軌道を説明するために新惑星を仮定する必要はなく,現に,パイオニア10号,11号,ボイジャー1号,2号といった惑星探査機の軌道についても,未知の惑星からの重力の影響を受けている形跡はないという.
(主としてWikipediaを参考にした.)

ちなみに,海王星の存在を予言したルヴェリエは,その後,水星軌道もニュートン力学の計算で説明がつかないことから水星軌道の内側にも未知の惑星が存在することを予言し,バルカンと命名した.だが,水星の近日点移動はアインシュタインの一般相対性理論によって説明がつき,今では少なくとも惑星規模のものは存在しないと考えられている.

(2016年1月21日追記)今日の朝日新聞夕刊によれば,海王星軌道よりはるか外側に第九番惑星が存在する可能性があるとの発表があった.直径は地球の2〜4倍,質量は約10倍で,岩石核をガスが覆った構造で,1〜2万年かけて太陽のまわりを公転しているとみられるという.まだ観測されたわけではないが,エッジワース・カイパーベルトの無数の天体のうちの6つの軌道の向きが似ていることが,巨大惑星の重力の影響で説明できるのだという.今後の観測が楽しみだ.


冥王星までの航海時間

(2016年1月)ワープ航法のおかげで大マゼランとの間を一年で往復するのはいいとして,太陽系内ではワープテストを別として通常航行しているようだ.少なくともヤマト以前の地球防衛艦隊にワープ機能はないし,遊星爆弾もしかり.超大型ミサイルもそうだろう.ガミラス侵攻当初の地球防衛艦隊や遊星爆弾はどのくらいの時間をかけて飛んでいたのだろうか.
冥王星の軌道は細長い楕円軌道だが,その軌道長半径は約40天文単位(1天文単位は約1億5000万キロメートル;地球の軌道半径は1天文単位)なので,その距離を光速で行くとすると,40×15000万km÷秒速30万km/s=2万秒≒約6時間となる.よって,光速の1/100の速度が出せれば600時間=25日で到達できる.(※ヤマト2199では,冥王星海戦のあと地球艦隊が火星に着くまで3週間かかっているから,だいたいこのくらいの設定だったようだ.)
参考までに,太平洋戦争時の真珠湾攻撃の場合,日本の機動部隊が集結地点の択捉島の単冠湾を出航したのは11月26日,攻撃が(日本時間)12月8日なので,12日かかっている.

光速の99%での飛行 ―『宇宙戦艦ヤマト』

(2019年6月)ヤマトの初期の資料ではヤマトの性能として「光速の99%」と書いてあった.光速の99%だとウラシマ効果とか光行差とか赤方偏移/青方偏移とかいろいろ不思議なことが起こるはずが,そこは問わない.ただ,どのエピソードを見てもそんな高速で飛行しているように見えるシーンはない.七色星団で艦載機の猛攻を受けているとき,光速の99%を出せるなら簡単に振り切れるだろうと子供ながらに思っていたものだ.
この設定について,恩師の佐藤勝彦先生が「エネルギーは速度を増やさず,質量を増やすことに使われてしまうので,莫大な燃料を積む必要があり現実的ではない」と雑誌「週刊ダイヤモンド」2010年6月12日号でコメントしていた(DIAMOND online).どういうことか.勝手ながら解説したい.
記事にあるように,アインシュタインの相対性理論によれば,動いている物体は質量が増加する.数式でいうとm=m0/√(1−v2/c2)となる.mは動いている物体の質量,m0は静止時の質量,vは物体の速度,cは光速.
そこでアインシュタインの有名な公式E=mc2(「イー・イコール・エム・シーにじょう」と読む)が出てくる.これはエネルギーは質量mに光速cの2乗をかけたものに等しいということを表わしている.速度が光速より十分小さいという近似を使うと,この式はE=m0c2+(1/2)m0v2となって,(静止質量のもつエネルギーを除くと)中学校で習うおなじみの運動エネルギーの公式(1/2)m0v2が出てくる(大学初年度で学ぶ「テーラー展開」というのを使うとわかる).静止エネルギーの部分は変わらないから,物体にエネルギーを与えればそれは運動エネルギーとなって速度vに反映される.
ところが速度vが光速cに比べて無視できないくらいの大きさになると上記の近似は成り立たない.速度が光速の99%だとするとv/c=0.99になるから,動いている物体の質量mは静止質量m0の約7倍になるという計算になる.つまり,ヤマトを光速の99%まで加速するには,ヤマトの静止質量(6万5千トン)の6倍相当分の質量増加にエネルギーを使わなければならないことになる.
「7倍」と聞くと案外少ないものだと思うかもしれない(私も今計算してみてそう思った).だが質量エネルギーというのは光速の2乗がかかってくるから莫大なものになる.たとえば1キログラムの物体が秒速1メートルで動いているときの運動エネルギーは(1/2)mv2から(1/2)×1×12=0.5ジュールとなる.だが1キログラムの物体の静止質量のエネルギーはmc2だから1×(300000000)2=9京ジュール(90000000000000000ジュール)となる.6万5千トンのヤマトの質量エネルギーはその6500万倍だ.(単位はすべてMKS単位系を使った.)こういう数字を見ると運動エネルギーに比べて質量エネルギーを増すということがどれくらいたいへんなことかわかるだろう. (核兵器は原子核のもつ質量のごく一部をエネルギーとして解放するものだが,それでも途轍もない破壊力をもつ.核兵器のエネルギーを表わすのによく使われる単位「メガトン」は約4000兆ジュール.)
光速に近い速度まで加速するというのがエネルギー的に効率的ではないというのはこういうことなのである.
なお,ヤマト2199ではサレザー恒星系に着いてデスラー砲で狙われる場面で「亜光速」という説明があった.この文脈での「亜光速」は単に「超光速」に対して「光速未満」を意味するのではなく,「光速に近い速度」のことと思われるが,どのくらいだったのだろう。

ヤマト発進=エンジン始動?

(2016年1月)宇宙空間で「ヤマト発進!」と唱えてエンジンを噴射させてヤマトが動き出すシーンはよくあると思う.だが,「エンジン噴射=動く」「エンジン停止=止まる」という素朴な概念は物理的には正しくない.船にしても自動車にしてもエンジンを動かせば動いて,エンジンを切れば止まるが,これはあくまでも地球上の摩擦・抵抗のために動力がなければ動けないという事情のため.宇宙空間では,ひとたび航行を始めればその後はエンジンがなくても進み続ける.ボイジャー1号の場合,主なミッションが終わった後もエンジン噴射なしで秒速17km(太陽を基準として測った速度)で進み続けているという.
物理学の基本は「外力が加わらなければ動いている物体は同じ速度で動き続ける」(ニュートンの第一法則)というもので,エンジンを噴射するというのは力を加えて加速することになる.だからエンジンを噴射させてヤマトが動き出すという絵は,もともと超高速で動いていたヤマト(超高速というのは何を基準とするかにもよるが,いずれにせよヤマトと同じ速度で併走する視点からの画像と考えれば画面上で静止していることは何の問題もない)がさらに加速する状況を描いていると解釈する必要がある.
「発進=エンジン噴射」,つまり「動きがあれば力がはたらいているはず」というのは,実は物理教育における有名な誤概念で,MIF (motion implies force)という呼称までついていることを『日本物理学会誌』,vol.71, p.40の新田英雄「研究領域としての物理教育」で知った.

パルサーとクエーサー ―『さらば宇宙戦艦ヤマト』

『さらば宇宙戦艦ヤマト』では突然見え出した謎の白色彗星について真田さんはまず,パルサーとかクェーサーとか呼ばれている電波星と同じパターンだと説明する.クエーサーなら地球から遠ざかるはずという指摘に真田は「歴史上,初めて発見された地球に近づいてくるクェーサー」だと言う.そして拡大投影したところ「彗星じゃないか」となる.長年苦しい展開だと思っていたのだが,宇宙戦艦ヤマト2202の第2話では「クエーサーのような」というだけでさらりと流していてほっとした.少し説明したい.

パルサーの正体は中性子星がその自転に伴ってパルス状の電波を発しているもの.中性子星というのは太陽程度より重い星が燃焼を終えて収縮したときに原子が圧縮されて中性子化したものだ.だから銀河系内にもたくさんある.
クエーサーは星どころか銀河全体よりも大きなエネルギーを放出している天体で,その正体は巨大ブラックホールが中心にある活動銀河核とされる.何十億光年の彼方にあるため地球からは一つの星のようにしか見えず,準星状天体の「準」=quasi-が由来となって名付けられた.
一方,彗星は太陽系内の小天体で,太陽の光を受けて光っているので,1光年も離れればまず見えない.
そんな現在の天文学の初歩だけでも知っていると,パルサーとクエーサーを同列に扱うはずはないし,ましてや彗星がパルサーやクエーサーと思われるなどありえない.

だが天文学の進歩は速い.『さらば宇宙戦艦ヤマト』が劇場公開された1978年といえば,パルサーはともかく,クエーサーはまだ謎の多い天体だった.クエーサーには大きな赤方偏移(波長が長い=赤いほうに偏ること)が観察され,膨張宇宙論ではそれは何十億年の遠方にあって地球から遠ざかっていることを意味する.だが,そんな遠方だとすると,クエーサーが放出しているエネルギーは莫大なものとなり,「そんなはずはない」と異論も強かった.そのような巨大なエネルギー源を説明する理論は1970年代になってようやく出てきたところだったのだ.SFで謎の天体として「クエーサー」が持ち出されたのも無理もないといえる.

パルサー,クエーサーという以前に,何光年も彼方の「彗星」が発見されたとしても,地球に到達するには何億年もかかるはずで,それが「脅威」になるという『さらば』のリメイクは不可能だと思っていた.だが2202では最初に観測された白色彗星が地球に到達するのは「何万年も先」とちゃんと評価したうえで,それなりにストーリーを組み立てていた.

人間が生身で宇宙空間に出たらどうなる?

(2020年4月)『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』のラストシーンだったと思うのだが,宇宙空間で古代とデスラーが共に甲板上に立って語り合う場面があった.『ウルトラセブン』でも,ウルトラ警備隊の普通の隊員服のまま宇宙空間をひもで引かれて地球に帰ってくるシーンがあったし,昔の作品は宇宙空間の描写が甘いものがままある. 旧作ヤマト乗組員のヘルメットのデザインでもわかるように,『ガンダム』前は「宇宙服」なんてやぼったいものをヒーローが着ることは許されなかった.だがわかっている人がいなかったわけではなく,数年前に雑誌で,ヤマト製作中に担当者が宇宙空間でヘルメットなしは無理と訴えたのだが上が聞いてくれなかったと読んだ.
今では宇宙空間で宇宙服なしではいられないというのは常識だろう.だが『ガンダムAGE』(2011-2012)でも,宇宙服を着ていない主人公(フリットだったと思う)が真空中で息を止めてモビルスーツを乗り換えるシーンがあった.近年のガンダムならあまり荒唐無稽な設定はしないのではないかと思うが,本当に短時間なら大丈夫なのだろうか?
生身の人間が真空中に出たらどうなるかについて,子供のころ「外から押さえていた大気圧がなくなるので体が破裂してしまう」とか,体は破裂しないが「血液が沸騰してしまう」などといった話を読んだ.検索エンジンで調べてもやはりいろいろな説明があるが,「体が破裂することはないが,5〜15秒ほどで脳の酸素がなくなって意識を失ってしまい,その後死に至る」というのが最大公約数の説明らしい.

「体が破裂」「血液が沸騰」というのはebullismという現象が誤って解釈されたもののようだ.ebullism(英和辞書では「体液沸騰」などと訳されている)は低圧下で体液中に気泡が発生する現象で,気圧の低い高山で水の沸点が低くなるのと同じ理由による.水蒸気の気泡のため体が2倍ほどに膨れ上がるが,体が破裂するほどではないし,この膨れ自身は致命的でもない.だが急激に真空にさらされた場合は肺が破裂する(これを防ぎたければ,息を止めてはいけない).
ebullismでむしろ問題なのは,脳の血流が不足し酸素が足りなくなることだ.このため5〜15秒ほどで意識を失ってしまう.「15秒」という数字は1960年代に宇宙服の試験時の事故で真空近い状態にさらされて意識を失った事例によるものだが,パイロットが事故に対処できる有効意識時間(time of useful consciousness)はもっと短くなる.(Geoffrey A. Landis, "Human Exposure to Vacuum"Tamarack R. Czarnik, "Ebullism at 1 Million Feet: Surviving Rapid/Explosive Decompression"に多数の関連文献が引用されている)
数分間真空に近い状態さらされてもebullismから回復した事例を記す論文もあるようだが,数秒で意識を失ってしまうリスクがある以上,一瞬でも宇宙服なしで宇宙空間に出るのは勧められない.ebullismにより脳に酸素が行かなくなるというのは,「息を止めていればいい」という問題ではないのだ.


旧アドレスhttp://www.geocities.jp/f_von_schiller/yamato/phys.htmで公開していたものを2019年3月にここに引っ越しました.

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